名古屋バケモノの子を総括する事.

名古屋バケモノの子を総括する事.

バケモノの子が大千穐楽を迎えました。キャスト・スタッフの皆様、本当にお疲れさまでした。

バケモノの子、2年と10ヶ月も上演していたらしい。あっという間すぎる、もうそんなになるのか、と思うと同時に、本当に長くやってくれていたなあ、という気もしてきます。思えば、私が劇団四季をコンスタントに見るようになって初めての新制作作品でした。発表から上演、大千穐楽までを追うことができた、今のところ唯一の作品ということになります。個人的に思い入れのある作品の一つになりました。

せっかくなので、作品そのもののことについて、見ていて思ったことを簡単にまとめておきたいと思います。また再演があった時に読み返して、初演はこんな感じだったなあ、と思い返す一助にでもなればいいなと思っています。

一応、いつもの注意書きを今回をしておきます。この感想は一個人によるものであり、すべての人への効果・効能を約束するものではありません。また、アンケートを含め、劇団とはなんの関係も持たない、一般の個人が用意した記事であることもご了承ください。

以上をご理解の上、本記事をお読みください。

◎はじめに 〜日本語で、日本の作品を上演するということ

この作品はとってもいい作品です。誰もが自分の中に闇を持っていて、それでも生きていくのだというメッセージは、あらゆる人に共感できるものだ……というのは、多くの方が語っておられますので(私も後で書くのですが笑)、ちょっと違う視点から考えてみたいと思います。

なんだか難しく、そして偉そうな話で、たぶん興味のない人が多い感想だと思います。そのうえ「そんなの当たり前じゃん。何を今更感動してるの?」というような話でもあるので、無理せず「◎出会いから今まで」まで飛ばしてください(下の方にちょっと面白いアンケートを用意したので、そこを見てほしい。笑)。

ただ、ここで書いたようなことを「バケモノの子」を見ながら、私は強く感じていました。下手したら、この感想がいちばんの感想になるくらいかもしれません。ですので、全く面白い感想ではないんだけど、それでも気になるという稀有な方がもしいたら、読んでもらえると嬉しいです。


劇団のファンの方なら一度は思ったことがあると思いますが、この作品は「ライオンキング」によく似たところがたくさんあります。少年役と青年役がいて、一幕の後半で交代すること。二つの世界を行き来して、その間で主人公が自分を探して揺れること。人とのつながり、世界とのつながりの話であること。最後に夜が明けて終わること。また、劇団四季が上演していないディズニーミュージカルも含めて言えば、非常に「ターザン」的でもあります(というか、細田監督が映画を作る時点で結構意識してるんじゃないかなあ)。

けれども、この作品には、その両者ともがもたないものがあります。上にも書いた通りですが、日本語で上演し、日本を舞台にしている作品であるということです。劇団四季「バケモノの子」を語る上で特筆すべきことといえば、まずこれになるのではないかな、と思っています。

当たり前のことですが、「ライオンキング」での日の出はアフリカの朝日であり、「ターザン」においてターザンが戻るべき(かもしれない)場所はイギリスの土地です。これらを誰もが見れるよう、映画なり舞台なりの形で、日本を含む世界中で上演することは素晴らしいことです(舞台ターザンは日本では見れませんが)。それは疑いようがありません。しかし、「バケモノの子」にはこれらの作品とはまた違った良さがあります。

「バケモノの子」は、日本で作られた日本のミュージカルです。この文化大国日本で、そのほかのどこの国でもなく、現代の日本を舞台とした商業用の大型ミュージカルを作り、長期的に顧客を獲得して複数の劇場で上演したことは、ディズニーミュージカルでは成し遂げられなかったことであり、この作品の良さとして特筆に値すると考えます。

日本には、途方もないほどの長い時間をかけて受容され、変化し、絶やすことなく人から人へと繋がれてきた言語と文化があります。これほどの長期間にわたる文化資本が断絶せずに残されている国は、世界でもかなり珍しいほうです。そういうものを土台にして、我々が今生きる土地を舞台にし、翻訳を介さずにその土地の言葉を使って、他でもないその土地で上演する機会を作ったこと。そういう機会に恵まれた作品が、他でもない「バケモノの子」であり、人とのつながりや生きてきた場所に自分のアイデンティティを見出す物語であること。これを、演劇という形で、母語で、母国で見ることができること、こんなに嬉しいことはありません。

「バケモノの子」のラストで昇るのは他でもない、我々が毎日見ている日本の太陽であり、渋天街、ひいては渋谷の朝日です。そのほかにもたくさんのものが舞台に登場しますが、それらはすべて、日本に住む我々が死ぬまでに一度行けたらいいと願うほどの遠くの土地のものではなく、毎日すぐそばにある、見慣れたものたち、聞き慣れた言葉たちで構成されています。衣装が播州織の布を使って作られていることからもよくわかりますよね。「バケモノの子」とはそういう作品であった、ということを、この作品の初めてのロングランを見届けた観客の一人として、私はずっと忘れずにおきたいと思っています。

劇団四季という団体自体が、70年かけてそういう作品をロングラン上演できるような素地を築き上げてきたのだろうと思います。「ユタと不思議な仲間たち」や、「ジョン万次郎の夢」などのレパートリーから、間違いなくそうであることがよくわかります。そういう作品を上演する気概があるのが劇団四季だけだとは全く思ってはいませんが、大型作品として三都市に渡り二年半かけて上演するというのは、劇団四季だからこそできたことだと思います。そういう劇団が日本にあることを、私はとても嬉しく思います。今後も劇団四季がそういう作品を作り、上演を続けてくださることを、心から願ってやみません。

あまり面白くない話になりましたし、うまく伝わる文章になっていない気もしますが、それはともかくとして、私は「バケモノの子」見ていると、そういうことを思い出さずにはいられずに胸がいっぱいになります。

いつかまた、このすてきな作品をどこかで上演してくれることを、今から楽しみにしていたいと思います。

◎出会いから今まで

偉そうな話はこんなもんにしておきます。笑

一郎彦感想で知り合った、この文を読んでくださる数少ない方達は、たぶんもっと軽いノリのバカ文を読みたいんじゃないかなとも思うし…笑 というわけで、次に、私とこの作品の出会いと再会の話をちょっと書きます。

「バケモノの子」、名古屋でハマったのですが、初演の年の七月に東京で一度見ています。その時の感想は「トビーオリエ!」でした。いやーこの作品はね、何を差し置いてもまず第一に白鯨ですよ。そうでしょ?(しらんがな)

あの鯨は一度見たほうがいいです(あと熊徹に刀がブッ刺さるのも凄いのでついでに見るべき)。私は新国立劇場バレエ団の「不思議の国のアリス」のチェシャ猫が好きで、これもオリエさんなのですが、同じ人のパペットが見たいなと思って行って、期待を裏切らない出来に大変感動しました。渋谷の街を滑空する氷の鯨(「氷」説は私だけが主張していますがあまり突っ込まないでください笑)と、ニヤニヤ笑いだけが残ったチェシャ猫、どちらも黒子を使ったかなり類似の表現なんですけど、なるほどなと唸らされました。デカくて怖くて普通じゃないが、どこか愛おしくもある、みたいなところが根底的に近いからかもしれません。

それでまあ名古屋にも来ているのでもう一度くらい見ておくかと思って見たら一郎彦が好みのイケメンで全てが終わりました。イケメンが一人いると全てがよく見えるんですね。戦犯はみなさんご存知、大阪・名古屋限定DLC(*1)版一郎彦こと宇都宮千織氏です。マジでかっこいいよな、あの人…。霞とか食べたら私もああなれるんだろうか。好きな食べ物・霞? でも千織さんはあんまり仙人という感じではないですよね。笑

*1 DLC…ダウンロードコンテンツのこと。任天堂をはじめとした各ゲーム会社が販売している、ダウンロードすることで楽しめるゲームの追加データ。顧客の新しい体験や、好みに応じたサービスを提供するために用意される。なお、千織一郎彦のことをDLCと呼んでいるのは世界で私だけです。

そういうわけで一郎彦にどハマりしてすごい勢いでチケットを購入しまくり、あれよあれよと作品のファンになってしまいました。一郎彦にハマるとかある? と、映画を見た頃の私に言っても信じないと思います。でも一郎彦めちゃめちゃ好きになってしまった。ぜんぶ千織さんのせいです。ぜんぶは言い過ぎ!

かなり評価の割れる今作、割れる理由はファンとしてもよくわかるんですけれども、全くの駄作というわけでは決してありませんよね。やっぱり何より良いところは、出てくる人々が皆明るくカラッとしていて、我々に元気をくれることかなと思っています。

特筆すべきはやはり「修行」! 「ユタと不思議な仲間たち」の「おれたちゃペドロ一家」とか、今上演している「ガンバの大冒険」の「行こうよ仲間たち」なんかを彷彿とさせる、実家のような安心感のある曲です。こころの劇場・劇団四季、ここに極まれり。ものすごくオシャレな曲というわけではないので、曲自体の好き嫌いは割れることもあると思うんですが、シーンとしては非常に重要です。

修行のシーン以外もそうなんだけど、修行は特に、出てくるバケモノが原作と比較して8割増で根が明るくなっていて、蓮/九太が親をなくした後のフォローのシーンとして、すごく安心して見ていられます。あの曲は美女と野獣でいう「ビー・アワー・ゲスト」に当たる曲だと私は勝手に思っています。居場所のなかった蓮が居場所を見つける歌であると同時に、熊徹庵には近寄りがたかったであろう渋天街の皆があの家に集まるきっかけになる曲でもあります。そういうシーンをわざわざ入れたところは、非常に四季的でよかったと思っています。ああして受け入れられて成長していく九太を見ると、どうにも涙ぐんでしまいますね。

楓もめちゃくちゃ明るくなっていて、これもよかった。映画の楓ってなんだこいつ感がちょっとずっとあるんだけど、舞台の楓は蓮の心の拠り所としてきちんと機能しているなという感じがします。楓に限らず多くの人物がそうで、客席にいる我々は見ていてとても安心できます。そういうところがとても好きです。

アンサンブルも含め、あらゆるバケモノたちの中に自分と似ている人を見出せる本作は、幅広い年代の人に、その年代ならではの感想を抱くために見てほしい作品だと思います。こういうところはやはり、非常に「ライオンキング」に似ていて、劇団四季らしさを感じてとてもよいですね。

◎キャラクターの話・楓

総括的なことだけど、ちょっとずつキャラクターにも触れておきたいと思います。特に、一応まだ若者に分類されたい年齢の私として(そして、演者の皆様と歳が近い者として)、楓、九太、一郎彦に触れておきます。

まず、楓。柴本さんの楓ばかり見ていました、これはたまたまですが。委員長っぽくて、妙に正義漢で(男ではないけど笑)、けれども好きなものの話をし出すと止まらずに、周りが見えなくて図書館で声が大きくなってしまうあの感じ、すごく私の中高生時代を思い出します。笑

でも、楓を見てそういうことを思う人は多いんじゃないのかな。柴本さん・竹田さん・山梨さんの三人のうち、すごく共感できる楓が一人いる、というファンは多いのではないかと想像しています。それが、私の場合は柴本さんでした。山梨さんは見ていないんだけど、ほかの方の感想を聞く限りでは、共感というただ一点のみだけに注目した場合、たぶん私の場合はまず柴本さんということになりそうです。いじめられているというか、毎日毎日全員からすごくいじめられているわけではないんだけど、隙を見せるといじめっ子に責められてしまう感じの子で、そういう境遇にいる理由もよくわかる気がします。心当たりがあるから…笑

そういう楓が「本当の私」時点で自分の中に本当の自分を見出しているのは、すごく立派なことだなあと思って、私は結構あそこで感動してしまいます。Xでも書いたのですが、私が高校生だったとき、卒業間近に先生が「自分探しの旅などと言いますけどね、探しに行った先に自分なんかいるわけがないんですよ。だって自分はここにいるんですから、本当の自分もどっかじゃなくてここにいるんですよ」と言っていたのを今でも覚えています。当時は「ほーん、せやな。せんせもいいこと言うやんけ」程度に思ったのですが、改めて「バケモノの子」を見ると本当にその通りだと感じます。高校生の時点でそのことに気がついている楓は本当に強いと思います。登場人物の中で一番心が強い子、と言っても過言ではないかもしれません。私もいつでも楓的でありたい、と思える、大好きなキャラクターです。

でも、あの抑圧されていそうな家庭と、敵の多そうな学校で、どうしてあんなに明るくいられて、本当の私を見つけることまでできたんだろうという疑問はちょっとあります。見れば見るほど、一言だけ言及される、一瞬でTシャツを捨てるなんとなく破天荒そうなお兄さんの影響がありそうだとにらんでいます。好き勝手して親に怒られまくる兄を見て学習し、親の言う通り生きてきたけれど、その兄から受けるプラスの影響も大きかった、とか。あとは中学校の先生とかもあるのかなあ。他に何か意見がある方がいたら教えてください。

◎キャラクターの話・九太

東京で見たたった一回がたまたま立崇さんだったので、三人とも見れました。本当に良かったなあ。それぞれが全然違う九太で、私はどの九太も大好きです。

前からちょっと言いたかったことなんだけど、「親子喧嘩」のシーンの話。九太が「もう十分に俺は強くなった」って言うの、渋谷で男子高校生を叩きのめしてしまったからというのもあるんじゃないかなあ。と個人的には思っています。ここだけ書くと、理解のない客のコメントというか、笑い話のようにも見えるんだけど。

そもそも九太が「強くならなきゃ」と思い、その強さを手っ取り早く腕っ節に求めたのは、二郎丸がいたからだと思うんですよね。小柄で年下の二郎丸に投げられて抵抗もできなかったときと、そういうバケモノたちに囲まれながらも、孤立してはいるが一応一目置かれて生活している熊徹を見たとき、「この世界で舐められずに自立するためには、とにかくまず腕っぷしの強さがあるのが早いのか」と理解した部分もある気がしています。それで熊徹に倣って修行をして、ちゃんと「強く」なるんだけど、渋谷で高校生に出会って叩きのめしちゃった時に、「あ、普通の俺くらいの歳の人ってこんなに強くないんだ。俺もう喧嘩は十分できるようになったんだ」って気がついちゃったんじゃないかな。そこで楓と出会って、新しい世界を知って、昔から探していた「腕っ節に限らない強さの拠り所」は、もしかしたら彼女の住む世界にもありそうだ、力だけならもう十分あるのだし、新しいものを探しにゆきたい…という理解になっていったのではないかなあ。と穿った見方をしています。

九太のように、それまで目指して拠り所してきたものが、実はそればかりではないんじゃないかと思うときって、長い人生の中ではターニングポイント的に何度もあると思います。そういうとき、我々はいつでも九太を思い出して、彼と一緒に生きていくことができると思います。そういう点で、九太は誰より我々の味方になってくれるキャラクターであり、この作品の、そして人生の主人公にふさわしい人物だと思います。大好きだ、九太!

◎キャラクターの話・一郎彦

そして何より、私が書くのにこの人の話をしないのはおかしいですね。一郎彦

上でDLCなどとからかうようなことを書き、いやだなあ。と思った人もいたかもしれません。本当にごめんなさい。ですが、私は千織さんの一郎彦が本当に好きです。いかに素晴らしい一郎彦か、ということについては別記事で書いた通りなので、特に追加で物を申すことはしません。

ただ、千織さんみたいな、ちょっと映画と違うかも? という一郎彦が現れたことは、劇団四季がロングランで「バケモノの子」を続けてくれたという点と併せて、よく覚えておきたいところだと思います。一郎彦という重要な役にああいう芝居をする人が現れて、それでも浮いた形にならないどころか、大層納得させられる出来になっていることは、劇団四季/「バケモノの子」カンパニー全体が、「バケモノの子」という作品をよく消化して、自分たちのものにしたからに他なりません。そういう点で、私は宇都宮千織さんと、千織さんを取り巻くカンパニーの皆様に敬意を表したいです。

千織さんばかりを褒める書き方になっていますが、千織さんが大暴れするという劇団四季ならではの「バケモノの子」を私が目の当たりすることができたのは、それまで一郎彦を大切に大切に育ててきた笠松さんと菊池さんがいたからこそだと思っています。このお二人もとんでもない名優ぶりでしたが、今回のロングランでそのことを知った人がすごくたくさんいるだろうと思います。何を隠そう私もその一人。笠松さんはマーティが決まっていますが、菊池さんも大型ミュージカルで主役を張ってほしい! 何役がいいですか? 募集します。主役じゃないけど、フィエロかなあ。それかエリック? アラジンなんかも見てみたい。夢はふくらむばかりです。

追記:アンケートフォームが作れたので、ちょっと置いてみます! そのうち閉鎖するかもしれませんが、気が向いたら回答してみてください。菊池さんだけでなく、一郎彦役の三人のフォームをつけてみました。一部空欄でも送信できますので、お気軽にどうぞ。私が見たいだけなので、送ってくださったら嬉しいです。メールアドレスは共有されません。

アンケートは以上です。突貫で見にくくてすみません。ご回答くださった方がいましたら、ありがとうございました。ファンが仲間内で楽しむためだけのアンケートなので、何かまずいことが起きそうだったら即刻取りやめます(起きそうでなくてもやめるかもしれません)。ご了承ください。

話を戻します。

また、この「劇団四季ならではの一郎彦」が、もちろん脚本のおかげであることは言うまでもありません。一郎彦が九太を攻撃するシーンを破棄し「苦悩の果てに」と入れ替えたのは個人的な評価ポイントです。彼の幼い頃のシーンを増やして、自分への違和感をだんだん大きくしていく一郎彦が、ついに大人になったとき、九太を攻撃するよりも先にまず自分自身を深い闇に落としてしまう、だから彼は暴走したのだ……というプロセスが原作よりもずっと丁寧にわかりやすくなっていてよかったと思いました。賢くて優しい一郎彦に、観客が寄り添いやすくなっていました。彼の暴走も(九太にとっては映画より突然なんだろうけど、客にとっては)あまり突然ではなかったので、論理の飛躍が感じられなくていいと思います。

これは初めて見た時からですが、猪王山の回想の、一郎彦が紗幕のむこうで少年から青年に姿を変えるところが、本作で一番好きなシーンかもしれません。少年役も、青年役も、誰が立っていても、そこまで一郎彦が成長してきた(そして我々が一幕から追ってきた)道のりが見えて、涙が出そうになります。本当に良いシーンです。

あ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!でも千織さんの一郎彦やっぱ好きすぎ。ガチで。本当に。何したらまた見れますか? 徳を積んだらまた見れますか? あ、金ですかね? 金積んだら見れますか? 何したらいいです? 誰か助けてください。デロリアンがあればいい感じですか?

◎おわりに

みなさんよくご存知だとは思いますが、一応、これまでの感想記事を貼っておきます。読んだことのない方で、読みたい方がいたらどうぞ。菊池さんの感想はこちら / 千織さんの感想(上にあるのと同じもの)はこちら です。千織さんの感想記事ではずいぶん発狂しています。

それから、この作品を見て大好きになった役者さんが、宇都宮千織さんの他にもう一人います。濱絢音さんです。

濱さんが出ている時は濱さんだけ見ていたと言っても過言ではないくらい大好きになってしまいました。健康そうな引き締まった筋肉、長い脚、訓練の賜物だと一瞬でわかるダンスの基礎に加えて、何よりあの素晴らしい声! バレエ上がりの方のようなので、努力によりダンスを上達させてきたことは本当に尊敬するのですが、それとはまた別に、あの特徴的な声がほんとにすき! 素晴らしい大好き! 声質は努力で大幅に変更できるものではないので、天に恵まれた才能と言っても過言ではないと思います。また、ずっと続けてこられたらしいバレエとは関係ないところにも実は才能があった! というのも、劇団四季で輝く方として申し分ないというか、めっちゃ上から目線なので言い換えると、本当に他でもない劇団四季に入ってくれてありがとうございます。としか言いようがないです。CFY見た時から、ものすごいパッツィがいるな、と思っていたのですが、バケモノの子を見て本格的にファンになりました。これからもいろんな作品に出てほしい! 大好きです!

おわりの、おわりに。ユタや夢醒めをやらなくなってしまった四季だけど、「バケモノの子」を見るに、そういう作品をこれからも作る気があることがよくわかりました。これは本当に嬉しいことだな、と改めて思いました。海外の大作もいいんだけど、こういう、日本の文化に根ざした日本の作品を作ってくれるのはとても嬉しいことです。上でも書いた通り、朝日のシーンは非常に「ライオンキング」的なんだけど、空の色、雲の形、照明の当たり方が全く違っていて、日本の都会の少し開けたところから見える夏の空がきちんと表現されています。そういうのを母語で、日本語で楽しむことができるのは本当に喜ばしいことです。稀有な作品だと思います。きっとまた上演してくれると信じて、我々ファンも新しい旅に出発したいですね。おわりです。